ハンセン病をご存知でしょうか?

今回、ハンセン病資料館や全生園を見学してきました。

これまでのハンセン病の遍歴や差別など様々なことを教えて頂きました。

そもそも、ハンセン病とは何?というところはGoogle先生にお任せします( ^ω^ )笑

私がお伝えしたいのは、一体ハンセン病によって患者さんはどんな扱いを受けたのか?ということです。

ハンセン病の治療薬がない頃、患者さんは収容所に強制収容されたそうです。
感染が疑われると「警察官」が家に来てその感染者の方を強制的に連行していました。
そして、その家の全てを白い消毒薬で消毒をする。
残された家族は近所の差別を恐れて夜逃げする。
そんなことが日常的に起きていたそうです。

そんな中とても悲しい話がありました。
感染を疑われて収容された父親のところに毎日面会にくる息子さんがいたそうです。
同じ収容仲間の患者さんは「足繁く通って立派な息子さん」だと思っていました。

しかし、その本人に話を聞いてみたら「お父さん死んでくれ!死んでくれないとあの地域で生きていけない。お父さんお願いだから死んでくれ!」と毎日のように面会に来る息子さんに懇願されていたそうです。

そして、そのお父さんは息子さんを思って青酸カリを飲んで自殺してしまった。

ハンセン病という1つの病が引き起こした「差別」による悲劇。
確かにその頃はハンセン病の治療法がなかったので、非感染者は恐怖だったと思うのです。

しかし、愛する息子に「死んでくれ」と迫られる親の気持ちはどんなものなのでしょうか?
そんなことを考えてしまいました。

更に悲劇は続きます。
収容されている患者さん同士の結婚は認められていたそうですが、「断種と中絶」が絶対だったそうです。
つまり子供を絶対に産んではいけないということ。

妊娠した場合は、堕胎してホルマリン漬けにしておく。

それがハンセン病になって収容された方の当たり前の日常だったそうです。

治療法が確立してハンセン病が「治る病気」になってからは状況は変わったそうですが、このようなことが70年前くらいに行われていたという現実が驚きです。

しかし、ハンセン病が治る病気になってもまだ「差別」 は根強く残っているそうです。

ハンセン病が治った方のお話です。
46年ぶりに「娘に逢いたい」と思って娘さんに連絡をしたそうです。(実際には本人は連絡取れなかったので、色々なツテを使って娘さんに辿り着いた)
「父親がハンセン病と家族に知れたらいやだから会えない」と言われてしまう。
それがこの今も起きている現実なんです!

ある友人が言っていました
「差別は恐怖から生まれ、恐怖は無知から生まれる」

そう思ってこの投稿をしてみました。
ハンセン病のこと日本人として知ってみてください。

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