グリーフケアについて考える 〜父のグリーフを乗り越えて〜

タイミングであるきっかけがあってグリーフケアに関わりました。
そして、新たな発見や学びがあったのでここでお伝えしたいと思います。

本当に辛いことがあると人は「話すことができない」。

グリーフを抱えた人にどのように関わっていけばいいのか?
それは「待つこと」だそうです。本人が話したくなるまで待つこと。

患者さんは家族の喪失体験もさることながら、自分自身の悲嘆を抱えています。私達看護師がここで話したくないことを根掘り葉堀り聞いてしまったらどうでしょうか?患者さんは心を閉ざしてしまうのではないでしょうか?
私たち看護師はここで「待つこと」が大事だと思います。

グリーフケアについて考える
〜父のグリーフを乗り越えて〜

私は、20代前半の時に父を亡くしました。
しかも、倒れた直後に発見したので死にゆく姿を最後まで見ていました。
その衝撃は今でも覚えています。
この出来事がきっかけで私は看護師になりました。
父を見送って10年以上が経過しました。

私は、ようやくあの頃のことが振り返ることができるようになったのです。
この、タイミングであるきっかけがあってグリーフケアに関わりました。
そして、新たな発見や学びがあったのでここでお伝えしたいと思います。

1、グリーフケアとの出会い

私は訪問看護師をしている時にグリーフケアの活動をしている方と出会いました。

私は、グリーフという言葉自体は知っていました。

しかし、同じような経験をしている方々が集まって活動されているというのは知りませんでした。

その方は、お子様を亡くされたことでこの活動をされていました。

自分も父親を亡くした経験があったのでとても興味を持ったのです。

そして、その団体が主催しているというグリーフケアのファシリテーター養成講座に参加したことが始まりです。

2、グリーフケアファシリテーター講座での学び

この講座では、親などを亡くした「子供のグリーフを支える」ファシリテーターのための知識を学びました。

私は、父親を亡くしたときに成人していたので「子供のグリーフ」と聞いてもあまりピンときませんでした。

正直難しそうだなと感じました。

しかし、講座を学んでいく内にあることに気づかされたのです。

自分の甥っこは同じ気持ちだったのではないかということに。

私には姉がいます。

姉は結婚半年で夫を亡くしました。

生後半年の息子を残して・・・

その息子が甥っこなんですが、数年間一緒に暮らしている時期がありました。

その時期に講座に学んだような言動を確かにしていたと痛感しました。
でも、私は看護学校に通っている時期だったので全くその気持ちを受け止めてあげることができていなかったと思います。

幼かった甥っこは、私のことを「父親」だと感じていたのでしょう。
甘える素振りや遊んでほしそうにしていました。
しかし、私はほとんどその気持ちに応じていなかったのです。
それを考えていたら今さらながら、涙が溢れてしまいました。

甥っこは薄々父親が死んだことを気づいていたんだと思います。
そして、表現方法が分からないから私に甘えたり遊んで欲しかったんだと思います。

講座でも「子供は自分のグリーフを言える機会がなく表現する方法も分からない」ということを学びました。
それを全くしてあげらなかったことに心から反省しました。
それと同時に甥っこは素晴らしい子だったということに気付かされました。

特に問題行動を起こすようなこともなく、父親の死もしっかりと理解しています。
私に対しても非難するようなことはなく、今でも仲良く接してくれます。
甥っこの経験を通じて、この講座の「子供を支えるグリーフ」をより深く学ぶことができました。

3、グリーフケア公開講座からの学び

私は、その講座を学んだことによって「もっとグリーフのことを勉強したい」と思うようになりました。

そして、ある講座に通うようになります。
それはとても有名な大学のグリーフケアの講座でした。
毎回講師の方は変わるのですが、毎回とても素晴らしい学びを得ることができました。

特に自分がとても感銘を受けたことをご紹介したいと思います。

本当に辛いことがあると人は「話すことができない」。

このような方に対して無理やり話させる行為は酷すぎる。

このことを教えてくださった先生があるエピソードを話してくれました。
東日本大震災の時、避難所で、あるボランティアの方が壇上に立って「話しをしたい方はこちらまで来て下さい」と案内をしたそうです。
もちろんその方も善意でそのようなことをおっしゃったと思います。
しかし、その方はその日以降出入り禁止となりました。

これは一体何故でしょうか?

これは、先程もお伝えしましたが「本当に辛いことが起きると話せない」からだと思います。そんな心理状況で「話して下さい」と他人に言われたとして話すことはできるでしょうか。

実際、私も父親を亡くした後の数年間は話すことができませんでした。例え善意で聞いてくれようとしても迷惑としか思えなかったのです。

だから、このボランティアの方は出入り禁止ということになってしまったんだと思います。

ではこのようなグリーフを抱えた人にどのように関わっていけばいいのか?

それは「待つこと」だそうです。本人が話したくなるまで待つこと。

それまでは黙って寄り添うことに徹する。そして、本人が「話したい」と思って話したときに真摯に受け止める。こういう態度が大事なんだということを教えて頂きました。

これを自分に当てはめてみるとしっかりと納得することができました。

私は、父親を亡くした瞬間から数年間は「父親が死んだ」ということを受け止めることができませんでした。どこか旅行に行ってるだけなんだと自分に言い聞かせてみたり、そもそも自分には父親はいなかったんだと自己逃避したりなど様々な心理状況の中で生活していました。

だから、誰かに父親のことを聞かれてもうまく濁したり、あからさまに嫌な態度をとっていたように思います。

それが何年かすると自然に父親のことを話せるようになったのです。何がきっかけかはよく覚えていないですが、自然と話せるようになっていました。

そこで初めてしっかりと父親が死んだことと向き合えるようになったと思います。亡くなった直後に根掘り葉堀り聞かれていたら何も話せなかったのではないでしょうか。

だからこそ、この先生が言っていた「本人が話したくなるまで待つ」ということは大事なんだと思います。

これは看護師としての私にとっても大事なことです。

患者さんは家族の喪失体験もさることながら、自分自身の悲嘆を抱えています。私達看護師がここで話したくないことを根掘り葉堀り聞いてしまったらどうでしょうか?患者さんは心を閉ざしてしまうのではないでしょうか?

私たち看護師はここで「待つこと」が大事だと思います。

もちろん待つだけではいけない医療的な対応もあるかと思います。(急変時など)

しかし、待てることであればその人が話したくなるまで待ってあげることも重要だと考えます。話したくなるまで寄り添う。それこそ「寄り添う看護」なのではないでしょうか?
このような重要な気づきをこの講座を学ぶことができました。

最  後  に

私は、グリーフケアの初学者であり知らないことがたくさんあります。この記事を読んくださった皆さんの方が知識があると思います。

ただ、知識はありませんがグリーフを抱えながら生きている方の気持ちは理解することができます。その気持ちを理解しつつ、もう一歩踏み込んだ支援ができるためにもまだまだ勉強するつもりです。

また、新しい学びがあった時にはこちらでご報告しますね。
長文お付き合い頂きありがとうございます。

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